なぜ、私は
お金を教えるのか。
卒業式の、あとのこと。
教員を16年やってきて、いちばん心が動く日は、今も卒業式です。
ただ、年を重ねるごとに、あの日が少しだけ怖くなりました。
学校にいる間、子どもたちのそばには先生がいます。困った顔をしていれば声をかける。トラブルがあれば動く。家庭とも連絡を取り合う。——それが、卒業した瞬間に終わります。
社会は、待ってくれません。契約。奨学金。クレジット。SNSで届く「簡単に稼げる」という誘い。「投資」という言葉をまとった詐欺。そのどれもが、卒業したての一人に、いきなり「自分で判断しろ」と迫ってきます。
学校で関わった数年間だけ無事なら、それで教育は終わりなのだろうか。
私は、そうは思えませんでした。その子の人生は、卒業式のあとのほうが、ずっと長いのです。
人が壊れるのは、お金が無いときではなく、
「もう、これしかない」と思い込んだときです。
「これしかない」が、人を壊す。
お金に困った子どもが、闇バイトに手を伸ばすとき。頭の中にあるのは「稼ぎたい」ではなく、「相談できない」「もうこれしかない」だと、私は思っています。
そして、これは子どもだけの話ではありませんでした。
16年の教員生活で、心を病みながら働く同僚を、何人も見てきました。「辞めたら生活できない」「ローンがあるから」「この仕事しかしてこなかったから」——そう言いながら、出口のない我慢を続ける大人たちを。
子どもたちには「困ったら、一人で抱えずに相談しよう」と教えている私たち大人が、自分のこととなると、誰にも相談できずにいる。この矛盾が、ずっと胸に引っかかっていました。
昔から「貧すれば鈍する」と言います。お金の不安は、判断力と心の余裕を静かに削っていく。追い詰められた人は、ふだんなら選ばない選択肢を選んでしまう。
子どもの闇バイトも、大人の壊れるまでの我慢も、根っこは同じ。「これしかない」という思い込みです。
選べる人は、壊れにくい。
「いつでも辞められる。でも、今日は自分の意思で、ここで働く。」
「辞めたら終わりだ。だから耐えるしかない。」
同じ出勤でも、このふたつは、まったく違う人生だと思います。
お金を学ぶことは、仕事を辞めるためではありません。自分の人生を、自分で選べる状態に近づくためです。
私自身、何年もかけて家計を見直し、コツコツと投資を続けてきました。そのおかげで、夫婦そろって長期の育休を取るという「選択」ができました。特別だったからではなく、早くから備えてきたから選べた——そう思っています。
経済的な選択肢を自分の手で作れるのか。私はそれを、自分の人生で実験し、記録し続けています。→ 私がFIREを目指す理由
だから、お金を教える。
私が増やしたいのは、お金持ちではありません。人生の選択肢です。
- 断る、という選択肢。
- 逃げる、という選択肢。
- 相談していい、という選択肢。
- 学び直す、働き方を変える、という選択肢。
- お金の知識で、人生を立て直すという選択肢。
だから私の講演では、特定の金融商品を勧めることはしません。渡すのは、判断するための材料と、「一人で抱えなくていい」という事実です。
2026年、県内の中学2校・548名の生徒に講演をしました。アンケートに、ある生徒がこう書いてくれました。
「相談できる家庭は、最大の防犯であること。困ったときには、親に相談できるようにしたいです。」
——これです。私が届けたかったのは、まさにこの一行でした。
教育とは、目の前の数年間を
無事に過ごさせることでは、ないはずです。
私がいなくなった、あとにも。
教員という仕事は、本当の成果を自分の目で見届けられない仕事です。
今日の授業の一言が効いてくるのは、20年後かもしれない。あの日の生徒が、いつか同僚に「怪しい話は一人で抱えるなよ」と言うかもしれない。親になって、わが子に「お金のことで困っても怒らないから、話して」と伝えるかもしれない。
そのとき私は、もうそばにいません。それでいいのだと思います。知識は、人から人へ受け継がれて、私がいなくなった世界でも、誰かの人生を守り続ける。それが教育だと、私は信じています。
だから、講演で使ったスライドは毎回、その学校に教材として残してきます(一校一設計)。だから、講演に来られない人のために、ブログを毎日書き続けています。
一回の授業が元本。運用期間は、その子の一生。——教育は、私が知るかぎり最も利回りのいい長期投資です。
子どもには未来の選択肢を。
大人には人生の出口を。
このページを読んでくださったあなたが、どの立場の方でも、入口を用意しています。